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谷口嘉信[TANIGUCHI, Yoshinobu]

琴古流洗心窟大師範

谷口嘉信[TANIGUCHI, Yoshinobu]

1947年1月、京都・峰山生まれ 峰山町在住。


1966年(20歳):首の骨の損傷事故により全身麻痺となる。京都大学病院等で約10年間のリハビリ
1979年(32歳):苦節12年の後、再起
1981年(34歳):大阪文化芸術祭奨励賞受賞(知事表彰)
1981年(34歳):全日本琴古流尺八奨励演奏会最優秀賞受賞(審査委員長 琴古流協会会長 高橋鉄観師・審査員 人間国宝 山口五郎師、青木鈴慕師)
この功績により琴古流尺八最高冠称「洗心窟大師範」贈呈される。
1981年(34歳):人間国宝 山口五郎師に師事し、山口師の指導を受け英語版尺八教科書発刊
1982年(35歳):ヨーロッパ演奏旅行(外務省JAPANフェスティバル)、中国演奏旅行(日中国交回復10周年記念・外務省)
1982年(35歳):人間国宝 山口五郎師と世界的尺八奏者 横山勝也師の両師の推挙を受け両師の名代としてアメリカ最古の音楽大学・オバーリン音楽院(大学)の客員教授に就任。
1983年(36歳):オバーリン音楽院(大学)150年祭式典にてアメリカ大統領(レーガン)の祝辞のもと尺八演奏。この功績により横山勝也師より「名誉師範」を贈呈される。
1983年(36歳):アメリカ・ヨーロッパに対し(1)尺八教科書(2)禅尺八演奏CD集 発刊
オクラホマ大学の依頼で日本国宝の寺院(世界文化遺産)にて日本伝統芸術「禅尺八」ビデオ収録演奏
フランスのパリ管弦楽団130名に対し尺八の講義と演奏を行う(指揮者はアメリカ・オバーリン音楽院(大学)で生徒だったビシュコフ氏)
1985年(38歳):母の末期癌の看病のため日本へ帰国。尺八を中止。母の為に料理旅館を建築し営業。
1995年(48歳):人間国宝・青木鈴慕師の依頼があり尺八へ再起
都山流全国大会優勝者(文部大臣賞受賞者)、文化庁芸術祭賞 受賞者たちに対し尺八教授する
藤原道山氏などプロ尺八家に対し尺八教授する
竹文化振興協会(千 玄宗 会長)の常任理事就任
竹文化振興財団の評議員 就任
奈良・法隆寺 元管長 大野可圓師や京都・大徳寺 興臨院 元住職 山口大痴師や最高裁判所の判事たちに尺八教授

最後の生徒が寄田真見乃さんとなる

尺八直伝を受けた師

海童道祖 師(普化尺八中興の祖)
横山勝也 師(世界的尺八奏者)
横山蘭畝 師(吾妻流継承者)
高橋空山 師(普化尺八泰斗)
高橋鉄観 師(琴古流尺八協会会長)
塚本虚堂 師(根笹派重鎮)
児島抱庵 師(明暗寺第41世看守)
二代目 青木鈴慕 師(人間国宝)
山口五郎 師(人間国宝)
兼安洞童 師(井上重美師の家元補佐)
(順不同)