尺八見聞

本項に記載の内容は見聞や試論が含まれています。
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尺八の歴史(起源)

尺八曲『虚霊(きょれい)』は日本最古の尺八曲とされています。
西暦1200年代、中国の南宋(1127ー1279年)から法燈国師(ほっとうこくし)がこの一曲を習い、日本に帰ってきました。

尺八の語源に関する有力な説は、「中国唐初期の貞観(じょうがん)年間(627ー649年)、楽人の呂才(りょさい)が十二律に合わせ、十二種の縦笛を作ったうちの標準音とされる黄鐘(こうしょう)の管が一尺八寸だったので、尺八と呼ばれるようになったと伝えられている。」(出典:京都和文化華の会「尺八楽はおもしろい」より http://design.kyoto/wabunka/009-1.html)とあります。

※一般的に尺八の標準管の長さは一尺八寸(約54.5cm)とされていますが、当時の一尺八寸は少し短かったようです。「黄鐘にあたる唐代の一尺八寸は、43.7cmであった。中国では長さの基準は王朝によって変わっている。歌口の外側を斜めに削った尺八は中国では姿を消し、宋以降の縦笛の洞簫(どうしょう)は、歌口の内側を小さくえぐっている。」(出典:京都和文化華の会「尺八楽はおもしろい」より)

では、音源としての起源はどうでしょうか?

笛の起源としては『骨笛(ほねぶえ)』というものがあります。鶴の翼の骨で作られた骨笛が、中国中東部の河南省(かなんしょう)にある賈湖(かこ)遺跡から出土しています。調査によると新石器時代のもので、世界最古の笛とされています。
骨笛は当初、音で鳥の鳴き声を模倣し、獲物を引きつけるために使われたと考えられています。次第に猟の成功を祝う楽器として使われ始め、人類の美意識の向上により骨笛は5穴から7〜8穴まで増えました。(【国宝は語る】(2)賈湖骨笛 https://youtu.be/bsQn78eXv-w(CRI中国国際放送局))


伝統的な中国音楽は「五音音階」ですが、7つの穴を持つ賈湖骨笛は西洋の「七音音階」に近い音を出せることがわかり、中国の古典音楽に対する認識が変わったそうです。9000年もの歳月を経て、骨笛は竹製の笛簫楽器へと進化を遂げたそうです。

骨笛に関して「シルクロードの音楽文化の淵源の一つは古代オリエントのメソポタミアである。メソポタミアの音楽にかかわる最古の証しは前5千年紀にさかのぼる。この時代のものとされる骨笛が出土しているからである。」(東京芸術大学名誉教授 柘植元一 http://dsr.nii.ac.jp/music/02persian.html)ともあります。

世界最古の笛(最古の楽器?)としては、ドイツ南西部シェルクリンゲンのホーレ・フェルス(Hohle Fels)洞窟遺跡から、約3万5000年前の後期旧石器時代にマンモスの牙やハゲワシの翼の骨で作られた「フルート」が発見されています。(「ネイチャー(Nature)」2009年6月25日)
ハゲワシの笛は長さ22cmほどで、指で押さえる穴が5つ、口を当てる部分にはV字形の深い切れ込みが2か所あります。(AFPBB News → http://www.afpbb.com/articles/-/2614815)

骨笛と尺八を関連づけるのは拙速ですが、骨笛が当初5穴であったこと、歌口の位置など類似する点もあり興味深いと思います。



《編集後記》 

伝統が革新を支える 

雅楽楽器として、7世紀末から8世紀はじめ日本に伝来した尺八。
その後中国では姿を消し、日本でも平安初期の楽制の改革によって尺八は編成からはずされた。
鎌倉時代に入り、禅の僧 覚心(かくしん:のちの法燈国師)が中国の宋に留学し禅尺八(普化尺八)16代目の張参(ちょうしん)から虚鈴(虚霊)曲一曲を授かり日本へ伝えたが、明治時代に起きた廃仏毀釈運動によって普化の禅尺八も衰退。
くしくも、仏教文化の渡来とともに伝わった尺八は、仏教がインド・中国で途絶えてしまったと同様の運命をたどったように思える。
しかし、日本で成熟した仏教思想が中国・インドに還ると言われているように、日本で最も成熟したJapan Soul・尺八を通じ、和文化を中国・インド(世界)へと伝える重要な使命を尺八奏者が担っていると確信している。

(TOCOL 音楽部)